TOP > 講師紹介

講師紹介

山坂 良子

講師:山坂 良子

冷え、生理痛、肩こりにパニック障害も抱えていたとき、たくさんのヨガクラスを普通に受けるより安く受講できるということで、インストラクターコースに参加したのが、ヨガを始めるきっかけです。その後、インストラクターとして仕事を始めましたが、何を教えていいのか分からず、そもそもヨガをわかっていない!ことに気がつきました。そしてインド人の先生に出会い、インドの子どもたちが習っているヨガを教えてもらいました。

ポーズだけでなく、息のこと、食のこと、生活のこと、考え方、生きること全てがヨガであると学びました。 それまでの私の悪習慣は、体のためのいい習慣に変えることができ、年を増すごとに元気になっていきます。それまであった体の不調もこころの不調も次第になくなっていきます。そこに使っていた力を自分がしたいことに使えるようになりました。

その人の習慣がその人自身を作ります。体だけでなく精神状態もです。性格や性質もほとんどは習慣から作られたものです。 ヨガをすることで、冷静に自分の今を状態を知り、習慣を徐々に変えていくことができます。習慣が変われば、自分を変えることができます。

こころの奥底から湧いてくる思いを大切に。これもインドで学んだことです。なくてはならないインドとヨガ、日本のみんなが自分を大切に、周りも大切にしていけるようにインドヨガが広がりますように。

1974年生まれ
インド政府MHRD公認「ナショナル インスティテュート オブ オープンスクーリング講座」修了
マウントヒル ヨガ スタジオ 代表

ブログ→「ヨガマスターヘの道」


梅村美里

講師:梅村美里

ヨガで少しずつ変わっていく自分の体と心、奥深いヨガの精神性や哲学にはまっています。ヨガを続けている方にも、これからヨガを始める方にも、まずは自分を認めて好きになってもらいたい。また、ヨガはそんな力を持っている?と信じて、指導していきたいです。

1977年7月22日生まれ
保育士の資格を持つ看護師のヨガインストラクター
マウントヒル ヨガ スタジオ ヨガインストラクターコース一期 修了



廣瀧友香

講師:廣瀧友香

マイナス思考で臆病な私でしたが、ヨガを続けているうちに「今、意外と幸せかもしれない」と思えることが増えてきました。
ゆっくりと呼吸をして身体を動かし、心が落ち着くにつれて、わかることがまだまだあるのだと思います。
そしてすぐにはわからないところもまた面白い。
今できることを大切に、みなさんとヨガを探求していけたらいいなと思っています。


スワミ バレンドゥ ギリ師について

Swami Balendugiri Yog Prashikshan & Anusadhan Sansthan Rajasthan, Jaipur

インド政府人材育成機関MHRD所属スワミ バレンドゥ ギリ ヨグパラシクシャン&アヌサダン サンサタン ラジャスタン ジャイプル 創始者、当スタジオオーナー山坂良子の師であるスワミ バレンドゥ ギリ師について


スワミ バレンドゥ ギリ師(以下スワミジ)は、かつてリシケシのムニーキレティ地区にあるラマシュラム図書館で、アートマン(真我)と経典の研究に従事していました。

以前は、時折インド各地へ放浪の旅に出るほかは、シュリー コテーシバマハデヴ寺で、極めて質素な生活を送っていました。またコテーシバ周辺で行われていた、近隣の住民から死者が出ると何頭かの牛を森に放つという生贄の儀式の廃止にも尽力しました。この習慣化された生贄の儀式には魂を放つという意味もありましたが、牛たちはコテーシバの深い森の中で道に迷い、虎の餌食となるのが常でした。当時は一般的な儀式で、民衆はもちろん寺の高僧でさえも、この儀式の惨たらしさを理解していませんでした。スワミジはこの生贄の儀式の廃止を唱え、牛を放った飼い主のもとへ、その牛を連れ戻したこともありました。そのためスワミジは酷い扱いを受けることもありましたが、地域と彼の努力が徐々に実り、この伝統は撤廃されました。コテーシバはガンジス河にぐるりと囲まれた地域で以前は釣りも盛んでしたが、スワミジの働きかけにより、この釣りの習慣も廃止されました。




1990年、スワミジはシヴァ神とチャンドラバダニ神から、「子どもたちにヨガを 教えなさい」というお告げを授かりました。何があっても後ろを振り返るなと 命じられた通り、ヨガ教育に邁進しました。
1993年2月、インド観光局などが主催するインターナショナルヨガウィーク において、スワミジの最初の生徒で当時8歳だったヴィディアタ ラナ コティは 大変名誉ある賞を受けました。
1994年、同じく生徒のカンチャラ カインチュラも多くの大会で受賞。 翌年スワミジは、彼女たちと同様に優秀な生徒を50人ほど育成しました。 ところが主催者側の理不尽な理由で、彼らが競技会に参加できない事が多 々ありました。観光局担当者の熱心な働きかけも効果はなく、スワミジは この状況に絶望しジャイプ-ルへと旅立ちました。
2003年、スワミジは既に様々なアサナ(ヨガのポーズ)に熟練した少年少女に対し 、ナディショダン(血管の洗浄方法)の指導を開始しました。またナディショダン、 プラナヤマの研究につとめました。その研究グループの責任者には サリタ ラナ(『実践的ヨガ教育』著者)が就任しました。
2005年、スワミジと彼の研究グループは「ペースが速く、理論的に欠陥がある プラナヤマの手法を廃止」するための活動を開始しました。インド最高裁に 公益訴訟を起こすため35ページにも及ぶ審議書を提出し、デラドゥンのプレス クラブで会議を開きました。その様子はインド大手のアムール ウジャラ紙に 掲載されました。翌年にはジャイプールのロータリークラブで、「ペースが速く、 理論的に欠陥があるプラナヤマの手法を廃止」するための大規模な会議が開催。 インド大手パラターカル紙が詳細な議事録を残しています。


2007年、クンブメラのステージで行われたサリタ ラナによる実演が、 ヒンドゥスタン タイムス紙で掲載。残念ながら、「ペースが速く、理論的に 欠陥があるプラナヤマの手法を廃止」する活動を支援する内容では ありませんでしたが、インド各地から問合せが集まり、ハリヤナ州では アーユルヴェーダの一部として認定されることになりました。 活動が思うように進まないなか、2009年スワミジは、メディアで訴え始めました。 インドのTV番組に出演すると、何千もの電話が寄せられ、賛同の声は大きく広がりました。


2011年、スワミジの仕事の大部分を支えてきサリタ ラナがモーリシャスの良家へ嫁ぎ、彼はサリタ ラナの著書『実践的なヨガ教育』の監修を開始。2年後の2013年、その本はヒンディー語と英語の2カ国後で出版されました。正式な一般販売はこれからです。

現在スワミジは、リシケシを拠点とし活動しています。彼の目的は、全世界の若者の意識をヨガの実践的な側面のみならず、理論的な側面へと導くことです。またスワミジは、これまでたくさんの支援の申し出があったにも関わらず、自分のアシュラムを持っていません。彼には、施しとしての金銭を受取らないという主義があります。これまでも常に無料でヨガを教えており、これからもそうし続けることでしょう。

↑PageTop